なぜ士業こそ「使う」より「作る」なのか
士業の事務所で生成AIを使う、と聞いてまず思い浮かぶのは、チャットに質問して文章のたたき台をつくってもらう使い方でしょう。それも有用ですが、毎回チャットに貼り付けて、出てきた結果を手で書類に戻して——という手間が残り、申請や顧問対応の流れそのものは変わりません。
本記事の主語は「使う」ではなく「作る」です。申請書に記入漏れがないかを様式と照らし合わせる、ヒアリングの録音メモを決まった議事録の形に整える、過去の書類から必要な情報を拾って一覧にする、といった決まった作業を、毎回手で頼むのではなく事務所の小さなツールにしてしまう。すると、その作業は決まった操作ひとつで終わるようになります。士業の業務は「専門的な判断は人にしかできないが、その周りの整える手間が大きい」という構造をしているため、判断はそのまま人が担い、手間だけをツールに寄せる余地が特に大きいのです。
ここで鍵になるのがClaude Codeです。Claude Codeは、やりたいことを日本語で伝えると、プログラムの作成から実行までを対話で進めてくれるAIで、コードを一行も書かなくても、対話だけで動くツールを組み立てられます。だからこそ、事務所の仕事の作法をいちばん分かっている担当者自身が作り手になれます。外注してシステムに仕様を伝えるより、事務所の言葉でそのまま作るほうが、士業の細かな様式や慣行に合った道具ができあがります。士業全体でのAIの使いどころは士業のClaude Code活用を俯瞰する記事でも整理しているので、本記事の「作り方ハンズオン」とあわせてご覧ください。事務所としてツールを内製する考え方の全体像はAIの内製化を進める記事でも扱っています。
ツール化しやすい士業の業務
士業の事務所で、非エンジニアがツール化しやすい業務には次のようなものがあります。いずれも「判断は人がするが、整える・照らし合わせる手間が大きい」作業です。
- 申請書の記入漏れチェック:補助金や許認可の申請書について、様式で求められる項目がすべて埋まっているか、必要な添付が控えにそろっているかを照らし合わせ、抜けを一覧で出す。要件の最終判断は担当者が行い、機械は突き合わせの下作業までを担います。
- 顧問先ヒアリングの要約・議事録化:打ち合わせで残した録音の書き起こしやメモを、決まった議事録の様式にそろえ、決定事項と宿題を分けて整える。表記ゆれの統一もあわせて行います。
- 書類の整形・転記:顧問先から届いた資料や過去の書類から、必要な情報を決まった一覧に拾い直す。手で打ち直していた転記の手間を減らします。
- チェックリストとの突き合わせ:事務所の内部チェックリストと提出前の書類を照らし、確認済み・未確認を仕分けする。ダブルチェックの下ごしらえに使えます。
共通するのは、「様式やルールは決まっているのに、毎回そろえ直す・照らし合わせる手間がかかる」点です。こうした定型作業はClaude Codeでの自動化がよく効く領域です。契約書のように条項を照らし合わせる作業は専用に作り込むこともでき、その作り方は契約書レビュー支援ツールを作る手順で、打ち合わせの要約は議事録ツールを作る手順で詳しく解説しています。
5日で内製する進め方
「事務所の担当者がツールを作る」と言われても、想像しづらいかもしれません。実際の進め方は、おおむね次の5日間の流れになります。これはAI CODEMYの研修で受講者が自分の業務ツールを完成させるときの組み立て方そのものです。
1日目:自分の困りごとを言葉にする。「どの書類に、いつも何分とられているか」を棚卸しし、ツールにしたい1本を決めます。たとえば「補助金の申請書を提出前にチェックするたびに、様式と照らし合わせて記入漏れを探すのに時間がかかる」。ここで問われるのはプログラミングの知識ではなく、自分の業務を言葉にする力です。
2日目:ダミーデータを用意して、たたき台を作る。本物の顧問先名や個人情報は使わず、まずは差し替えたダミーの書類を用意します。そのうえでClaude Codeに作りたいものを伝え、最初の動くたたき台を出させます。一度で完璧を狙わず、動かしながら直す前提です。
3日目:事務所の様式に合わせて直す。ダミーで動かし、「この項目も確認して」「議事録の並び順は当事務所の書式に合わせて」と日本語で調整します。やり取りを繰り返して、自分の事務所の作法にツールを寄せていきます。
4日目:同僚に見てもらい、運用の形を決める。同じ業務をする所内の同僚に試してもらい、誰がいつ使うか、出力をどこに保存するかといった運用の段取りを固めます。ダブルチェックの一次確認としてどう組み込むかも、ここで決めます。
5日目:ルールを確認して、本番運用へ。実データを扱う前に、事務所の守秘義務と情報の取り扱いルール(クラウドに何を送ってよいか)を必ず確認し、扱う範囲を決めたうえで日々の業務に組み込みます。非エンジニアが最初の1本を組み立てる全体の進め方はClaude Codeで業務ツールを作る5ステップで詳しく解説しています。
指示の具体例
2日目にClaude Codeへ出す指示は、たとえば次のようなものです。申請書の記入漏れをチェックするツールを想定しています。
「このフォルダにある申請書の下書き(テキスト)と、様式で必要な項目を並べたチェックリスト(テキスト)を読み込んで、申請書に足りない項目を一覧で出してほしい。出力は『必要な項目・記入あり/なし・備考』の表にして、記入がない項目を先頭にまとめて。書類に書かれていない内容を勝手に推測して補わないこと。判断に迷う項目は『要確認』と印を付けて、こちらで見直せるようにして」
このように、「何を読み取り」「どんな形に整え」「やってはいけないこと(内容を推測で補わない)」まで具体的に書くのがコツです。あいまいな指示ほど結果がぶれます。逆に、ここを丁寧に言葉にできれば、事務所の様式やチェックの作法をそのままツールに落とし込めます。特に士業では「書類にない内容を補完しない」「判断は要確認として人に返す」という指示が重要で、AIが要件の当てはめまで断定してしまうと専門的な判断の責任があいまいになるため、補完と断定を禁じる一文を必ず添えます。指示の組み立て方そのものは業務で使えるプロンプトの書き方が参考になります。
守秘義務・個人情報の注意点
士業でツールを使ううえで、ほかの業種以上に丁寧に押さえたい注意点があります。
第一に、守秘義務のある情報はそのままクラウドに送らない。顧問先の氏名や事業内容、個人の申告・給与・健康にかかわる情報などは、士業が職務上知り得た守秘義務の対象です。ツールを作る段階ではダミーデータだけを使い、本番でも何をクラウドのAIに送ってよいかは必ず事務所のルールに従います。判断に迷う情報は入力しないのが安全です。AIに入れてはいけない情報の具体的な考え方は生成AIに入力してはいけない情報リストにまとめています。
第二に、専門的な判断と最終責任はツールに任せない。要件を満たすかどうかの当てはめや、書類の適否の判断は、資格者が責任を負うものでAIが置き換えるものではありません。ツールにできるのは記入漏れの洗い出しや様式の整形、要約のたたき台づくりまでで、その先の判断は必ず人が行います。ツールが出した一覧はあくまで下書きであり、内容が正しいか、必要な項目を満たしているかの最終確認は資格者が行う前提で運用します。
第三に、情報漏えいを起こさない仕組みを先に決める。「どのツールに何を入力してよいか」を担当者任せにすると、思わぬ持ち出しが起こりえます。入力してよい情報の範囲や、使ってよいツールをあらかじめ事務所で定めておく必要があります。組織として情報漏えいを防ぐ進め方は生成AIの情報漏えいを防ぐ記事で詳しく解説しています。守秘義務を負う士業だからこそ、便利さより先に「入れてよい情報の線引き」を決めるのが出発点です。
研修・助成金で始める
「事務所がツールを内製する」と言っても、最初のきっかけは独学では作りにくいものです。AI CODEMYは、5日間で受講者が自分の業務課題を解決するツールを完成させる法人向け実践研修で、士業のように特定の書類・様式を題材にした研修も可能です。
費用面では、人材育成や業務改善を対象とした国の助成金を活用できる場合があります。どの制度がいくらの助成率で使えるかは、対象の要件や年度によって変わるため、厚生労働省などの公表資料を要確認です。AI CODEMYでは活用しやすい制度の整理から相談に乗っています。AI研修に使える助成金の解説に概要をまとめているので、まずはこちらをご覧ください。
まとめ:整える手間を事務所自身の道具に変える
本記事の要点を整理します。
- 士業の生成AI活用は「使う」だけでなく、担当者自身が申請書チェック・ヒアリング要約・書類整形のツールを「作る」段階まで広がる
- ツール化しやすいのは、申請書の記入漏れチェック・ヒアリングの議事録化・書類の転記整形など、判断は人がするが整える手間が大きい作業
- 困りごとを言葉にし、ダミーデータで作り、動かしながら事務所の様式に合わせていく5日間の進め方で本番運用に届く
- 守秘義務のある情報は入力範囲を事務所で定め、要件の当てはめと最終確認は必ず資格者が行う
書類を整える手間のツール化は、士業の事務所が専門的な判断と顧問対応に使える時間を取り戻す、効果の見えやすい一歩です。ツールに「整える手間」を任せ、人は判断と守秘の管理に集中する——それが、士業に無理のない生成AI活用の形です。
士業事務所の書類作業を自分たちで自動化したい方へ
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